NEO-KAGURA2005
  STAFF
 ・構成・演出 白神貴士
(BOOGIE STUDIO)
 ・龍 製作 たけきよ
(NetDrive)
 ・衣装 アレンジ TAMARA工房
  MUSIC
 ・同行音楽・・・赤田晃一
  篠笛(PROTO-G,RANDOOGA)
 ・同行音楽・・・柏屋ぴよ吉
 ちんどん(ひよこちんどん柏屋)
 CAST
 ・龍操作@・・・吉田広靖
(劇団・胆馬羅舞隊)
 ・龍操作A・・・谷口真吾
(まちづくり委員会)
 ・龍操作B・・・川本洋
(まちづくり委員会)
 ・龍操作C・・・宮本康孝
(総務情報委員会)
 ・龍操作D・・・横田康明
(総務情報委員会)
 ・龍操作E・・・福田崇
(総務情報委員会)

 ・龍神仙人・・・葛原昇
(あけたまさこフラスタジオ)
 ・藤原皆足姫・・・おまめ
(演劇解放軍・作戦会議V3)
 ・長谷観音・・・七海彩姫
(劇団・胆馬羅舞隊/珠宝流東山社中)
 ・弘法大師・・・外舘岩太郎
(FREE)
 ・神武天皇・・・井上瑞穂
(Phantom-Six)
 ・神宮皇后・・・帆風洋衣
(劇団・胆馬羅舞隊/珠宝流東山社中)

NEO神楽
 「犀の角」


■日時:2005年2月18日(金)20:20〜
■場所:ラヴィール岡山 嘉祥

■企画/主催:NPO法人あとりえはらっぱ
■後   援:福武文化芸術財団
■協   力:岡山商工会議所青年部
MC
MCの方です。

【画像にカーソルを合わせると説明が表示されます。】
最初に入場したのは楽器隊でした。次に舞手が一人ずつ入場しました。
舞手の最初の舞です。仙人が化身である龍を呼び寄せます。

 【NEO神楽について】

 世界・日本・地域の伝承・神話・昔話に取材し、新たな側面から光を当て現代にとってのメッセージを付与した物語として再構築したり、現代的な演劇・音楽・舞踊とのコラボレーションによって、新たな民衆の芸能文化エンターテイメントとしての"神々"の物語を創造する行為に命名。宗教的というよりも『千と千尋の神隠し』にも似たアニミズム的世界観の中で自然神への畏敬を忘れぬながらも"神々を楽しむ"という姿勢である。

NEO神楽と正式に名付けられた初めての作品は秘宝館昇天堂一座に書き下ろした岡山城築城400年記念・遊楽彩
 『NEO神楽-朱砂之雄』(1997.11.8)生涯学習センター野外公演。
 http://hiho.chanoyu.ne.jp/old/susano.html

 2004年2月1日には、吉永町・八塔寺ふるさと村で『吉永NEO神楽』が開催された。
 http://halappa.net/0402neo/40201neo.html


龍神の登場狐の面を着けたJCの方々が龍を操ります。
仙人の空中浮遊?いえ、ジャンプの瞬間です。龍は長いのでとぐろを巻いています。
仙人が龍の口から犀の角を外し、JCの偉い方に託します。

 【龍と犀の角の伝説について】

  天平勝宝年間、周防国にいた『藤原皆足(みなたる)姫』という観音信仰に篤い女性が、奈良の長谷観音の化身である仏師から観音像を授かり、備前の金岡荘に安置した。

  その後、宝亀年中(770)長谷寺に参篭していた安隆上人に、「備前国金岡荘の観音堂を再建せよ」との夢のお告げがあり、船が児島の槌戸(づちと)の浦にさしかかったとき急に海が干潟となり、龍神が現れ「これを地上に埋めてかの堂を移し給へ」と犀の角を託された。

 ほどなく金岡の地に着き、上人は4面5間の大御堂を建立、当時の人々を驚愕せしめたという。宝亀8年(777)9月のことであった。

  近年、お寺の宝物庫から犀の角が発見されました。いつの時代かの再建の時に、本堂の下から掘り出して、宝物庫に納めたものと思われます。龍神に犀の角をいただいたことから「犀戴寺」、後年には後鳥羽上皇の祈願文から賜り「西大寺」と改称したということです。

 (冨永航平『中国三十三所観音巡礼』からの縁起の引用)

  *〔社〕日本青年会議所中国地区岡山ブロック協議会創立十周年会員大会が西大寺で開かれるにあたり、その故事を思いだし犀の銅像を建立して記念事業としたそうです。

曲調が明るく派手な物に変わります。龍と仙人
龍が使命を終えて帰ってゆきます。寿ぎの舞を舞うキャラクターたち

   【西大寺鐘楼門に掛かる梵鐘について】

  今から約一千年前に新羅の国で鋳造された朝鮮鐘がある。損傷しても自然に癒着したとか、日照りの時に吉井川の中につけて曵くと必ず降雨があるとの伝説 に彩られたこの朝鮮鐘が、どのような経緯で西大寺に伝わったのか定かではないが、安隆上人が周防から来る時に瀬戸内海・児島の海上で龍神から得たもの、或は、神宮皇后が朝鮮出兵した後、新羅から貢ぎ物をする途中で下津井沖に落としたのを、この地の猟師の網に掛かったので寄進したとも言われてきた。しかし現実には室町時代に倭寇が朝鮮から戦利品として持ち帰ったものだという説が有力とされている。この朝鮮鐘は、国の重要文化財に指定されており、今日では朝夕の時報として、また年末大晦日には除夜の鐘として親しまれている。

神武と神功が槍を合わせて舞の終わりを告げる。最後の一舞。
拍手の中、舞手と楽器隊が帰ってゆきます。拍手が続いていました。

■今回は視界の狭い仮面を付けてのパフォーマンスの上、即興的要素を多く取り入れた構成となったので、出演者の緊張感はかなりの物でした。JCの方々のそつのない演技にも助けられ、好評のうちに終了できた時には胸を撫で下ろしました。参加してくださった方々、協力してくださった方々に深く感謝いたします。(白神貴士)